身体とコミュニケーション

昨日の夜、珍しく長電話。
1ヶ月ほど前にあった出来事が、余程ショックだったのでしょう。彼女は怒りを交えて話していました。

私は、同意でも反論でもなく、ただ話を聞いていた。

今までは、相手の意見に対して自分はどう考えるか、
というスタンスでした。

あなたの言っていることは正しいよ!
あなたが言っているのは、ちょっと違うと思う。
この部分はいいけど、さっきの話は同意できないな。

裁判官のようにジャッジする。
相手の話を聞いているようで、自分が主張している配分が大きかったかもしれない。
言葉に反応してあっちこっち心が動いてしまう。
双方のようで、一方向のやりとりの往復。

昨日はただ聞いて、
この1ヶ月彼女の中にいた怒りが言葉になって出ていくのを見送った感じ。
ちょっと距離感が違う。

他者の感情に巻き込まれるときと

相手の言葉の奥に思いを馳せることができるとき

何が違うのか?

聞いている自分の身体が安定しているか否か、では。

ここしばらく、
地に足つけるワークをしています。
どこから押されてもグラつかないようにしながら
動きを繰り返す。
重力を通し続ける。自分と対話し続ける。
自分とのコミュニケーション。

呼吸•整体の動的瞑想というワーク。
重力に抗わず、身体の構造に適うように、
動きを繰り返す。

足裏が地面に根付き、感覚は研ぎ澄まされる。
自分が加えている余計なことが多い!

肉体がしっかり根を張れば、
自分の感情は湧いてくるままに、
他者の言葉もそのままに、
それらに右往左往することなくいられる存在となる。
自分がそうなれば、
相手の存在もそのまま認められる。
他者とのコミュニケーションの基盤になること。

自分の身体を育てたら見えてきた
自分の安定感、人との関わり方。

飾りを取っ払って素の自分になっていく
心許なさ、不慣れな感じもあるけれど
そのままで大丈夫という大きな安心に任せます。

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